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ゴハチ車内、散策 [山陰]

 深夜に書いているともうクタクタで、やっぱり文章が乱れますね・・・。相変わらず30分ぐらいでササーと書いてるのですが、翌日の昼ごろにケータイとかから一部書き直す毎日が続いています。
 今日は朝に下書きして夜に最終確認、ということにしましたが、うまくいくかな?



 今日は午前中、休みとれそうだったのでふいっと湖西でも行こうかと思いましたが、やな予感がしたのでやめました。結果、トワ釜襲来。以前より行きづらくなりました。もうメインは117系&貨物ということにして気にしないのが一番なのかな。



 さて、今日はせっかくだから昔の日本海の写真でも出そうかと思いましたが、どうも気が向かないのでアルバムの中からふと見つけた写真でも。







2004年2月1日 山陰本線 キハ58系車内(城崎-竹野)

 今はどうなっているのか知りませんが、かつてはカニシーズンの豊岡―浜坂間の普通列車の増結が比較的注目されていました。そのために西管内各地の車両が応援に来ていたことが大きいです。
 2003年度の冬は、10月改正で鳥取ライナーなどの運用から撤退した鳥取区の国鉄色キハ58系6両が豊岡区に貸し出されました。

 これが定期列車3往復に4連を組んで決まって運用される・・・という情報はNet上で広がりました。雑誌ではほとんど紹介されませんでしたが、いつ行っても鉄ちゃんが結構おられました。当時はNetがようやく普及し始めたころ。「Netの時代が来たんですねえ・・・」と同業の方がお話していたのを思い出します。



 さて、当時私は中学生。この話そのものはかなり早い時点で把握していましたが、Net上の話だけに半信半疑。当初はどのスジに入るかもよくわかっていませんでした。ただ、T君と学校で「…らしいで」という話はしていて、お互い鳥取ライナー消滅で意気消沈していた所だったものだから奮い立ったものです。中学生だけに限界があり、すぐに飛び込んでいける状態ではなかったですが、我慢を続けること1カ月余り、定期試験が終わってすぐに12月中旬に試しに行ってみました。確かに走っている!!と確認できた時は感動したものです。「国鉄王国山陰」でまだ撮れるんだ!と。




 私がこの冬に行ったのは3回。当時としてはかなり頑張った方でした(T君は毎週のように行ってたような・・・)。




 うち1回は雪がおさまり何とか晴れた1日。城崎前泊で、列車で移動しました。

 しかし、ゴハチの4連の1本目は始発の豊岡発香住行き。午前中に香住折り返し2往復、午後に浜坂まで1往復という運用だったので餘部固定、という訳にはいきませんでした。考えて、1駅間だけ乗りました。

 城崎と竹野の間は小さな峠があり、ゴハチはゆっくりとエンジンをうならせながら登っていきました。車内は乗り鉄ゼロ。僅かな乗客のみで現役感抜群。渋いなあ!

 車内を探索していると、助手席の上に前面幕操作用の表が張ってありました。見ればおなじみの鳥取-米子間の幕のほかに、現物を見ることすらできなかった石見ライナー用の幕やら、伯備線、因美線、若桜線用の幕やら・・・。見るだけで楽しかったです。ペン書きの車両番号と一緒に、1枚。

やっぱり後で訂正しちゃいました・・・。最近疲れてるのかなあ。
今後はできるだけ深夜に投稿しないようにします。
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